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京都・長岡京跡出土の和同開珎に跳ね字 全国で確認13枚のみ





京都・長岡京跡出土の和同開珎に跳ね字 全国で確認13枚のみ
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20151030000185

京都府長岡京市神足の長岡京跡で、2012~13年に見つかった古銭「和同開珎」3枚に「跳ね字」が使われていたことが30日分かった。跳ね字が記された和同開珎は、全国で他に5例しかなく、成分分析から和同開珎の鋳造が終了した後に、新たに製造された可能性が高い。専門家は「旧銭を再び作ることは貨幣史で例がない。常識を打ち破る出来事だ」と話している。

 長岡京市埋蔵文化財センターの発掘調査で、道が交わる地点の側溝や穴から、万年通宝(鋳造開始760年)や神功開宝(同765年)とともに見つかった。3枚のうち2枚は、全ての字に左上への跳ねがある「四つ跳和同」、1枚は「開」以外の3字に跳ねがある「三つ跳和同」。いずれも直径約2・4センチ、厚さ1・3~1・4ミリ。中央に四角い穴が開いている。

 跳ね字のある和同開珎はこれまで、向日市や近江八幡市、奈良県橿原市、石川県白山市と金沢市でしか見つかっていない。今回の3枚も含め、存在が確認されているのは13枚のみだ。

 同センターの依頼で、兵庫埋蔵銭調査会の永井久美男代表(63)が初めて蛍光X線で分析したところ、万年通宝や神功開宝と成分が似ていた。長岡京遷都(784年)の前後に当たる8世紀半ばから後半にかけて鋳造されたと推測できる。

 続日本紀の記述によると、和同開珎は708年から鋳造が始まり、760年に終了。772年に使用が禁止されたが7年後、他の2銭と併用されるようになったことがわかっている。跳ね字が記された銭の鋳造時期は、和同開珎の鋳造終了後に当たることから、新たに作られた可能性が高い。

 銭は祭祀(さいし)用の土器と一緒に出土することが多く、わざわざ跳ね字にするためには高い技術的を要することなどから、永井代表は「流通用でなく祭祀(さいし)用といった特別な目的で作ったと考えるのが自然だ」と話している。1日から同センターで公開される。

【 2015年10月30日 22時00分 】




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